◎ 心を持たない人間が大好きな言葉——「コストバフォーマンス」◎
かつてサスペンス映画の神様といわれた、アフルレッド・ヒッチコックという映画監督の作品の一つに『ハリーの災難』がある。主演女優のシャーリー・マクレーンの魅力にとりつかれたということもあったが、私が最も好きな映画の一つだ。
ストーリーはともかくとして、子連れの独身女性、マクレーンに好意を寄せる若い画家の絵がある大富豪に売れる。その場面で、大富豪がその絵を手に入れる代わりに「なんでも好きなものを贈る」と言う。
画家に促されてマクレーンが「じゃ、イチゴを一箱」という。大富豪はなんでもお金で換算するから「えっ!イチゴでいいの?」という顔をしてそれをメモする。
たとえば秋の一日、素晴らしい紅葉の中で目を覚まし、紅茶を飲む。午後になるとマフィンと紅茶、そして少しのイチゴをいただく。至福の時だ。
たとえば秋の一日、素晴らしい紅葉の中をフェラーリを駆して街道を行く。となりにシャーリーが座っていれば最高だ。
イチゴ一箱3000円。フェラーリ一台3000万円。「値段」には一万倍の差があるが、その一瞬の人生の価値はどちらが上とも言えない。
「値段」というものは、作る側で決める。もし、人間がすべて同じで、すべて同じ価値観、思想、気持ちを持っていれば、値段に応じて価値があるだろう。でも、「製品」が千差万別であるように、人間は一人として同じ人はいない。だから、その人、その人で何が幸福かそうでないかが決まる。
時々、「お宝もの」のテレビを見る。まったく値段のわからない骨董品に「本人評価額」というのと「鑑定人の正しい価格」が示されその差に一喜一憂する。味わいある番組だ。
本人が200万円と数字を掲げる。鑑定人がじっくりとそのお宝を見た後、おもむろに「2万5000円!」という数字が電光掲示板に出て、会場は大爆笑。テレビの収録会場にいる全員が、「ああ、価値がなかったのだな。可哀想に」という顔をしている。
それもそうだが……と私は思う。おそらく、そのお宝のお値段は200万円なのだろう。
もともと、すでに古い時代に作られたもので、コストがどうとか輸送賃がいくらという問題ではない。そのお宝の価値は人間の心が決める。
1憶2000万人の日本人が決めれば2万5000円というのだ。それは鑑定人が言うのだから正しいのだろう。でも、国民全体が決めた値段イコール「本当の値段」ではない。
『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R081002

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
おてんとうさまの下で
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
#牧正人史 #マシレ予測 #武田邦彦 ♯yymm77


コメント